ようこそ!Captain YAMACOのホームページへ。日本全国のマリーナをめぐりながらの日本一周の旅。カタマランヨット cara(カーラ)の航海日誌です。

Captain YAMACO 案内記
山幸のブログ
” 想うこと ”
 
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■2012年4月

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更新日:2012/04/21
左より肥塚、中川、山幸

とある尾道新開のお店で 昔の知人とスリーショット!!

左より友人の藤本、山幸、清水、岡野、前田さん

尾道センター街にある東方記で
とあるメンバーと そして20年物と30年物の紹興酒に
まままいったー、Mさんの持ち込み、中国人の誰々さんに頂いた銘酒らしい、ここのマスター曰く本国でも入手不可能らしい、そんなことより何も入れずに飲むと絶品です、
2-3年とか10年ものも何か(檸檬とかグラニュー等)を入れて飲むときがあるがこれはすっぴんでいけます。

千光寺での花見

千光寺で久しぶりの業界花見

本日はお日柄も良く、和樹くん、雅子さん、またご両家の皆様まことにおめでとうございます、、、、

社員同志の結婚式にて挨拶
結婚式はいつ行っても嬉しいものです。

新郎新婦

市役所までこのリムジンで行くらしい。

この赤いレンガは戦前英国より輸入されたものらしい、2階は寮になっているらしい。

旧江田島海軍兵学校です。
現在は海上自衛隊第1術科学校と幹部候補生の学校があります。
早い話、海上自衛隊のエリート養成学校です。

真珠湾攻撃に同型5艇で参加、成果は皆無だそうです。2人乗りで9名戦死、助かった酒巻少尉は捕虜1号となり米本土へ、戦後帰国して捕虜時代に本来の人間的生き方にトヨタ自動車に呼ばれブラジルトヨタの社長で晩年を過ごしたそうな、、日本人離れした考えの人だったんだろう、生まれる時代が早かったのだるうか?

特殊潜航艇、先に2本の魚雷を据えている。すえ恐ろしい北朝鮮の潜水艦のようなものだ。国を閉鎖に追い込む追い込まれるとこんな兵器が生まれ、死んでいった多くの若者のことを思うと我々の今はこの多くの人々の死の上に成り立っていることを忘れてはいけない。

江田島の有名なカツター訓練の艇です。

元帝国海軍少年兵生き残りの寺西先生、いろんなことを教えてもらえます。

4月28日みなと祭り

オランダ人の艇長と奥さん
ジョイスティックで操船中の健さん(尾道水道の流れはきつい時は4knotあります、慎重に新艇ですから)

4月28日
回航中のhoxy lady (sence50)
ビームはたっぷり

アフトキャビン内のシングルベツド&ドラム式洗濯機(出入りは上部ハッチより)
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更新日:2017/09/16

入口方面

招待状

第1食堂のカツカレー美味しかったよ

久しぶりです。二人ともそれぞれの人生を歩んでいました。

聖セントバレンタイン教会で

千光寺から観た桜と尾道水道

完成した三原明神道の駅で売っていた『たこバーガー』380円 タコの食感にトマト、レタスとわりと甘いバンズで80点はあります、是非食してみよう!!

旧帝国海軍戦艦陸奥の第1砲塔、下は酸素魚雷

制服姿の海上自衛官、階級は海士長だったっけ?ごくろうさまです。

広いグランド、不思議と戦時中に呉、広島に近いのに空襲はなかったらしい

hoxylady (sende50) in onomichi

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