ようこそ!Captain YAMACOのホームページへ。日本全国のマリーナをめぐりながらの日本一周の旅。カタマランヨット cara(カーラ)の航海日誌です。

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山幸のブログ
” 想うこと ”
 
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■2010年12月

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更新日:2010/12/29

一年を振り返って
 今年は私にとっては波瀾に充ちた一年だった、日本一周の完結編となる南西諸島クルージングが、挑戦というか、楽しみながらが、ライフワークというか重圧に変わった。
それが伊予灘での座礁という結果になったり、仕事も5-6年よりは多忙になったり、体力も落ちてきたりで、7月に東京で、9月には左足かかと骨折、12月には盲腸手術となり自分自身でも納得のいくアクティブな一年になり、大いに反省というか良い勉強をさせてもらった気がします。
焦らずきたのに、今年は焦ってしまったような気がする、それだけ実は南西諸島クルージングはきつかった。
南の海だから楽しくいけるかとたかを括っていた。
まず第一に思った以上に沖縄までの距離があったこと、
尾道から沖縄までは尾道から東京へ行くより遠いこと。
そして沖縄から宮古島までも尾道から大阪まで、それから宮古島から石垣島までも120kmぐらい、それから最西端の与那国島まで100kmほど。
第二は珊瑚礁の恐怖
第三は風、海流、波高の想定外があった。
何もないところは吹きっぱなしになるところ多し、
天気良くても風はすごいし波も高い
天気晴朗なれど波高しの如く
第四は天候不順、行く先々での島人の口癖は今年みたいな年は初めてだ、夏でも海は荒れて雨風つよく、(本土では反対に猛暑で過去最高) 
第五は台風発生場所がいつもと違う、従来なら台風は赤道付近で発生して2-4日で南西諸島方面に来るので、それなりの準備とか出航はしないが、今年は宮古島の南にあった低気圧があっーと云う間に熱帯低気圧に変わりそして3時間後に台風に変貌することに、まだ南西諸島の人々にはまだ理解できていない、私の艇もそれに遭遇し命かながら宮古島に駆けこんで大事にいたらなかったがもし情報が遅れていたら宮古島付近で片エンジンのみで台風の中で何十時間も通り過ぎゆくことを待つしかなかったのだろう。太平洋横断ならそれも覚悟だろうが、この情報多々の時代に南西諸島付近でリスク大の台風遭遇で翻弄されるのは馬鹿馬鹿しいし、まつたくナンセンスな話です。それほど南西諸島付近の海水温度が高いということだ。遭遇前に石垣のヨットマン賢ちゃんが言っていたのを思い出す『台風時の海水温だ!!』その時の海水温は29,9℃だった。

と云うことで大変だったわけです。
そして台風も何度も発生し11月頃まで続き、結局、
沖縄宜野湾マリーナで足止めになり、来年良い季節に
楽しみながら今度はゆっくりと北上して日本一周完結編を本当に完結したいと思っています。
来年も応援お願いします。

あり子室長

12月4日(土)
 本日、東京より出張途中に尾道へ、『てっぱん』のファンとのこと、尾道案内人になりました。

3日目は普通食になりました。初めて頂く真ともな病院食です、1-2日目はお粥でした。

12月19日(日)
 夜中にただならぬ腹痛?、、、
朝5時ですが救急病院、尾道総合病院へ行くが??、、、、(脳外科医では?)
結局、原因判らず点滴して帰宅したが、
違う痛みに今度は内科医の居る救急病院へ行く。
尾道市民病院では内科医、泌尿器科医、外科医に診てもらい 虫垂炎の診断がくだった。
そして一時間後の夜9時に執刀となった。
少し腹をくくった。生まれて初めての手術です。
全身麻酔で腹腔鏡手術です。
初めての麻酔、、、あっー云う間に意識がなくなり、気がついたら手術台からストレッチャーに移動されてまして(手術時間は2時間弱)ドクターの声「上手くいきましたよ」あーそう良かったと思ったが無性に眠たくて寝てしまった

きた山のメインデッシュ

12月26日(日)
 久し振りのプライベートの食事会でした。
和やかに楽しみました。

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アルバム写真

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更新日:2017/09/16

プチアノンより見た尾道水道

千光寺展望台で

6日目の昼食ですが、忘れられていて2時ごろ遅食とかいうもので少し、、、、でした。

尾道市民病院メインデッシュ

リーンロゼ「トーゴ」150thの特別色です。

昔からの友人と新しい友人と

きた山のメインデッシュ

有人日本最南端 波照間島 ヤッター!!

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